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大阪地方裁判所 平成7年(行ウ)25号 判決

原告

小出義人

右訴訟代理人弁護士

河村武信

関戸一考

乕田喜代隆

豊島達哉

武田純

被告

堺税務署長

山口正

国税不服審判所長

太田幸夫

被告両名指定代理人

高橋伸幸

外一名

被告堺税務署長指定代理人

小越政直

外四名

被告国税不服審判所長指定代理人

小池明善

外一名

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告堺税務署長(以下「被告署長」という。)が平成四年一一月四日付で原告に対してした平成三年一月一日から同年一二月三一日までの課税期間(以下「本件課税期間」という。)に係る原告の消費税の更正処分(以下「本件更正処分」という。)のうち納付すべき税額二五万八六〇〇円を超える部分及びこれに対応する平成五年一月二五日付で原告に対してした無申告加算税の賦課決定処分(以下「本件賦課決定処分」という。)の一部を取り消す。

2  被告国税不服審判所長(以下「被告審判所長」という。)が平成六年一二月一九日付で原告に対してした本件更正処分及び本件賦課決定処分に対する原告の審査請求を棄却した裁決(以下「本件裁決」という。)を取り消す。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、その住所地において、「小出電業」という屋号で、電気配線工事業を営む白色申告者である。

2  原告は、本件課税期間に係る消費税について、法定の申告期間経過後である平成四年一〇月五日、課税標準額を四八七一万三〇〇〇円、課税仕入額を四三一一万八〇〇〇円、納付すべき税額を二五万八六〇〇円とする確定申告をし、平成四年一〇月一五日、右申告に係る消費税を納付した。

3  被告署長は、平成四年一一月四日、原告に対し、原告の本件課税期間に係る消費税について、課税標準額を四七三〇万六〇〇〇円、納付すべき税額を八一万八七〇〇円とする本件更正処分及びそれに基づく過少申告加算税の額を八万四〇〇〇円とする過少申告加算税の賦課決定処分をした。

4  原告は、被告署長に対し、平成四年一二月二五日、右各処分について、異議申立てをしたところ、被告署長は、平成五年一月二五日、原告に対し、右過少申告加算税の賦課決定処分を取り消し、無申告加算税の額を八万四〇〇〇円とする本件賦課決定処分をし、平成五年三月一一日、過少申告加算税の異議申立てを却下した。原告は被告署長に対し、平成五年三月一七日付けで、無申告加算税につき、異議申立てをした。被告署長は、平成五年四月二日付けで、本件更正処分、本件賦課決定処分に対する異議申立てを棄却する旨の決定をした。

5  原告は、平成五年四月三〇日、被告審判所長に、右棄却決定に対する審査請求をしたところ、被告審判所長は、平成六年一二月一九日右審査請求をいずれも棄却する旨の本件裁決をし、裁決書謄本は、平成七年一月二〇日ころ原告に送達された。

6  しかし、本件更正処分及び本件賦課決定処分は、いずれも、原告が、本件課税期間中に後記のとおりの課税仕入れをし、右の課税仕入れに係る帳簿等を保存し、税務調査に際して被告署長の担当職員にこれを提示したにもかかわらず、被告署長が、民主商工会の事務局員が立ち会っていたことを理由に、右書類の確認義務も尽くさずに、帳簿等の保存がないとして、仕入税額控除を否定してした違法な処分である。

7  本件裁決は、原告が審査請求手続において課税仕入れに係る帳簿等を提出したにもかかわらず、審査請求手続に先立つ税務調査時に被告署長の担当職員が帳簿等を確認できなかった以上その後に帳簿等が提出されても仕入税額の控除はできないと判断して、審査請求を棄却したもので、違法である。

8  よって、原告は、被告署長に対し、本件更正処分のうち納付すべき税額二五万八六〇〇円を超える部分及びこれに対応する本件賦課決定処分の一部の取消しを、被告審判所長に対し、本件裁決の取消しを、それぞれ求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし5の事実は認める。

2  同6及び7は争う。

三  被告らの主張

1  原告の営む電気配線工事業に係る取引は、事業として対価を得て行う資産の譲渡に該当する。

2  原告の本件課税期間における納付すべき消費税額は次のとおりであり、この範囲内でされた本件更正処分は適法である。

(一) 本件課税期間における原告の売上金額の合計(課されるべき消費税額を含む。)は、四九九七万六五三五円である。

(二) 課税仕入れに係る消費税額

原告は、税務調査において被告署長の担当職員から消費税に関する帳簿書類等の提示を求められたにもかかわらず、税理士資格のない第三者の立会いに固執して、これに応じず、結局、帳簿書類等を提示するに至らなかった。このような場合は、消費税法(平成三年法律第七三号による改正前のもの。以下「法」という。)三〇条七項の「課税仕入れ等の税額の控除に係る帳簿又は請求書等を保存しない場合」に該当する。本件課税期間においては、課税仕入れに係る消費税額の控除はない。

(三) 限界控除税額

原告の本件課税期間における課税売上高は、六〇〇〇万円未満であるから、法四〇条一項に基づいて、五五万六九六五円を控除すべきである。

1,455,600円(課税標準額に対する消費税額)×(60,000,000円−48,520,907円(本件課税期間における課税売上高))÷30,000,000円

(四) 納付すべき税額

(一)の売上金額に基づいて、法二八条、国税通則法(以下「通則法」という。)一一八条一項に従って算出された課税標準額四八五二万円に対する消費税額から(三)の限界控除税額を控除し、一〇〇円未満の端数を切り捨てると(通則法一一九条一項)、原告が納付すべき税額は、八九万八六〇〇円となる。

3(一)  本件課税期間に係る消費税の確定申告書の提出期限は平成四年三月三一日であり(法四五条、租税特別措置法八六条の五第一項)、原告が本件課税期間に係る消費税の確定申告書を提出したのは平成四年一〇月五日である。

(二)  したがって、原告は、通則法六六条一項本文に従い、無申告加算税として八万四〇〇〇円を納付すべきである。なお、原告には、期限内申告書を提出しなかったことについて、通則法六六条一項ただし書き所定の正当な理由はない。

4  原告が主張する本件裁決の違法事由は、本件裁決の固有の瑕疵に当たらない。

四  被告らの主張に対する認否

1  被告らの主張1の事実は認める。

2  同2のうち、(一)の事実は認め、その余は争う。

3  同3のうち、(一)の事実は認め、その余は争う。

4  同4は争う。

五  原告の主張(仕入れに係る消費税額の控除)

1  原告は、本件課税期間中に、次のとおり、課税仕入れをした(課税仕入高は、いずれも消費税額を含む金額である。)。

(一) 車両の購入(課税仕入①)

年月日

平成三年一二月四日ころ

仕入先 株式会社南海スズキ

課税仕入高 五五万八六〇〇円

仕入税額 一万六二七〇円

(課税仕入れの内訳)

(1) 車両本体

課税対象額 五〇万一四三〇円

仕入税額 一万五〇四三円

(2) 付属品等特別仕様価格

課税対象額 一万八九〇〇円

仕入税額 五六七円

(3) 納車費用等

課税対象額 二万二〇〇〇円

仕入税額 六六〇円

(二) ガソリンの購入

(課税仕入②)

年月日 本件課税期間中

仕入先 西尾石油

課税仕入高 一万〇八四四円

仕入税額 三二五円

(三) 倉庫の賃借

(課税仕入③)

年月日 平成三年二月六日、

三月六日、四月三日

仕入先 和商不動産

課税仕入高(賃貸料)

四万五〇〇〇円

仕入税額 一三〇五円

(四) 工具・作業着の購入

(課税仕入④)

年月日 平成三年一月

三一日ころ、二月二八日ころ

仕入先 佐々木電業株式会社

課税仕入高 四四万一四九六円

仕入税額 一万二八五八円

(五) 材料・工具の購入(課税仕入⑤)

年月日 本件課税期間中

仕入先 株式会社日本電商

課税仕入高 一二〇万二一七五円

仕入税額 三万四四一九円

(六) 外注(課税仕入⑥)

年月日 本件課税期間中

仕入先 稲田電工

課税仕入高 四七五万〇〇〇〇円

仕入税額 一三万八三四八円

2  原告は、次のとおり、課税仕入①ないし⑥について、甲第一、二号証、第四ないし第六号証、第八、九号証、第一〇号証の一、第一一ないし第一五号証、第一六号証の一、第三二号証、第三四号証(以下これらの甲号各証を「本件請求書等」という。)をいずれも受領の日から所持して保管しており、請求原因6の審査請求手続において書証として提出した。

3(一)  甲第一号証は、領収日が「平成三年一二月四日」、譲渡に係る資産の内容が「KKUH―SB」、領収金額が「五九万四〇〇〇円」と記載されている株式会社南海スズキ作成の原告宛の領収証である。これを、車検証(甲第一九号証)、車両価格表(甲第四六号証)、報告書(営業所控、甲第四七号証)、集金票(甲第四八号証)の記載で補完すると、法三〇条九項所定の記載事項はすべて記載されている。

(二)  甲第二号証は、領収金額が「二万〇五一二円」と記載されている西尾石油作成の原告宛の領収証である。これを得意先元帳(甲第二一号証)の記載で補完すると、法三〇条九項所定の記載事項はすべて記載されている。

(三)  甲第四ないし第七号証は、振込日が「平成三年二月六日」、「同年三月六日」及び「同年四月三日」、受取人が「和商不動産高井良和」、振込金額が「一万五〇〇〇円」と記載された幸福銀行の原告宛の振込金受取書である。これを、駐車場契約書(甲第三号証)の記載で補完すると、法三〇条九項所定の記載事項はすべて記載されている。

(四)  甲第八、九号証は、譲渡に係る資産の内容とその対価がそれぞれ「積立九万円、SG会二万円、服一万〇八二〇円、工具一五万九六〇三円」、「工具二四万五四五七円、ヘルメット作業着二万五六一六円、積立九万円、SG会二万円」、領収日がそれぞれ「三年一月三一日」「三年二月二八日」と記載されている佐々木電業株式会社作成の原告宛の領収証である。

(五)  甲第一〇号証の一、第一一ないし第一五号証、第一六号証の一は、譲渡に係る資産の内容が商品コード又は商品名で記載され、各資産毎に「納品書年月日」、「数量」、「単価」、「金額」等が記載されている株式会社日本電商作成の原告宛の請求書・請求内訳書であり、甲第一〇号証の二、第一六号証の二は、領収年月日と領収金額の合計が記載された株式会社日本電商作成の領収証である。

(六)  甲第三二号証、第三四号証は、請求日が「平成三年一月二〇日」「平成三年二月二〇日」、譲渡に係る役務の内容が「金剛東分」、その対価が「二五〇万円」「二二五万円」と記載された稲田電工作成の請求書である。これを、佐々木電業に対する請求書(甲第三六号証)の記載で補完すると法三〇条九項所定の記載事項はすべて記載されている。

4  法三〇条七項、九項一号所定の請求書等とは、課税仕入れのあったことがこれを基にして他の資料や商慣習から認識できるものであれば、必ずしも右書面自体で同号所定の要件のすべてが記載されていなくてもよいと解すべきであり、また、事業者は、請求書等を補完する資料までは保存している必要はないというべきである。

5  本件請求書等は、いずれも、法三〇条九項所定の請求書等に該当し、これらと前記の各補完のための各甲号証その他の証拠によって、課税仕入①ないし⑥は明らかに認められるから、本件課税期間に係る原告の消費税額の算定に当たり、課税仕入①ないし⑥の各仕入税額の合計額である二〇万三五二五円を法三〇条一項の仕入税額控除として控除すべきである。

六  原告の主張に対する認否及び被告らの反論

1  原告の主張1の事実は否認する。

2  同2の事実中、原告が本件請求書等を本件訴訟で提出していることは認める。

3  同3ないし5は争う。法三〇条八項は「帳簿」について課税仕入れの相手方の氏名又は名称、課税仕入れを行った年月日、課税仕入れに係る資産又は役務の内容、課税仕入れに係る支払対価の額の記載を、同条九項一号は「請求書等」について書類の作成者の氏名又は名称、課税資産の譲渡等を行った年月日、課税資産の譲渡等に係る資産又は役務の内容、課税資産の譲渡等の対価の額、書類の交付を受ける当該事業者の氏名又は名称の記載を厳格に要求しており、これ以外の資料によっては仕入税額の控除を許さない趣旨である。

4  法三〇条七項の「保存」は、税務職員の適法な税務調査に応じて直ちに提示できる状態での保存をいうもので、税務調査の際にその提示を求めたにも拘らず、事業者がこれを拒絶した場合は、同項の帳簿又は請求書等を「保存しない場合」に該当する。そして、次のとおりの事実があるから、仮に本件請求書等が法三〇条九項所定の「請求書等」に該当し、かつ、原告がこれをそれぞれの受領の日から所持して保管しているとしても、法三〇条七項所定の「請求書等を保存しない場合」に該当する。

(一) 被告署長の部下職員である山名は、平成四年七月二七日から同年一〇月一三日までの間、原告に対し、帳簿書類などを提示して原告の所得税についての調査に協力するよう繰り返し要請し、同年九月以降、本件課税期間の消費税の調査も併せて行い、同月三〇日、消費税の仕入税額控除については、それに係る帳簿又は請求書等の保存がない場合には適用がなく、その提示が必要であることについて説明し、帳簿等を提示して本件調査に協力するように繰り返し要請したが、原告は、税理士資格のない第三者の立会いに固執し、調査に協力せず、本件請求書等も含め帳簿書類も提示しなかった。

(二) 更に、原告が本件課税期間の消費税の確定申告をした後、帳簿書類等の提示がないので、被告署長の部下職員が、同年一〇月六日、原告に対し、電話で「申告の基となった帳簿書類等があるのであれば税務署に持参して欲しい。」と依頼したが、原告はこれを拒否した。

(三) 被告署長の部下職員は、同年一〇月一三日、原告方に赴いた。原告は、従前と同様、調査に関係のない第三者一名を同席させていたので、右職員は、調査に関係のない第三者の立会いは認められない旨を説明し、その退席を要請した。しかるに、原告は、右の第三者を退席させることなく、「申告のどこがおかしいのか指摘してくれれば、その箇所だけ帳簿書類等を見せる。」と言った。これに対し、担当職員は、「計算の根拠となった帳簿書類等を検討しなければどこがおかしいか指摘できないから、調査に関係のない第三者を退席させた上で帳簿書類等を提示してほしい。消費税については、消費税の課税仕入れ等の税額の控除に係る帳簿又は請求書等の保存が必要であり、その提示がなければ保存されているか確認できないので、課税仕入れ等の税額の控除は認められないので、是非提示して欲しい。」と述べたが、原告は、かたくなに第三者の立会いを要求し、結局、調査への協力は得られなかった。

七  原告の再反論

1  前記六4の主張は争う。法三〇条七項の帳簿や請求書等の保存とは、その文言どおり、事業者がこれらを所持・保管することを意味し、税務調査の際に提示するかどうかは保存の有無に直接影響しない。

2  前記六4の(一)ないし(三)の事実は否認する。原告は、被告署長の部下職員による税務調査の際、帳簿等を右職員に見えるように用意していたにもかかわらず、右職員は、消費税の調査をしていることも明らかにしないまま、民主商工会の事務職員の同席を口実に、公務員の守秘義務や税理士法違反のおそれがあるとして、これらの帳簿等を見ようとしなかった。原告は、平成四年九月三〇日の調査に際しては、右職員の要求に応じて、民主商工会の事務職員を退席させ、これらの帳簿等を見せたにもかかわらず、同様であった。右職員は、その後、もう一人の担当職員を同席し、民主商工会の事務職員がいることを確認し、そのために調査ができないとして、それ以上の調査を進めなかった。右職員は、いつでも帳簿を確認することができる状態にありながら、民主商工会の事務職員の立会いを口実に見ようとしなかったのであり、右職員は税務職員として帳簿等の確認義務を尽くしていない。

理由

一  請求原因1ないし5の事実、被告らの主張1、同2(一)及び同3(一)の各事実は、当事者間に争いはない。

二  原告の主張(仕入れに係る消費税額の控除)について検討する。

1  法三〇条一項は、事業者が国内において課税仕入れを行った場合には、当該課税仕入れを行った日の属する課税期間の課税標準額に対する消費税額から右課税仕入れに係る消費税額を控除する旨(以下、この控除を「仕入税額控除」という。)を規定し、更に、同条七項は、右一項の規定は、事業者が右課税仕入れの税額の控除に係る帳簿又は請求書等を保存しない場合には、保存がない課税仕入れ等の税額について適用しない、ただし、災害その他やむを得ない事情により、当該保存をすることができなかったことを当該事業者において証明した場合は、この限りでないと規定し、同条八項は帳簿について、同条九項は請求書等についてそれぞれ記載されていなければならない事項を具体的に列挙している。更に、同条一〇項の委任に基づく法施行令五〇条一項では、仕入税額控除の適用を受けようとする事業者は、右の帳簿又は請求書等を整理し、当該請求書等についてはその受領した日の属する課税期間の末日の翌日から二月を経過した日から七年間、これを納税地又はその取引に係る事務所、事業所その他これに準ずるものの所在地に保存しなければならない、と規定する(なお、後記のとおり、右の保存期間の始期は租税特別措置法、同法施行令により課税期間に属する年の翌年の四月一日とされている。)。また、法は、これらの規定とは別に、一般的な記帳義務として、法五八条において、事業者は、政令で定めるところにより、帳簿を備え付けて行った資産の譲渡等又は課税仕入れに関する事項をこれに記録し、かつ当該帳簿を保存しなければならない旨を規定する。そして、法は、消費税について申告納税制度を採用しているが、法四五条や法三〇条一〇項により委任された法施行令にも、申告の際に右の帳簿又は請求書等の添附や提示を事業者に求めた規定は存在しない。

2  以上の各規定によれば、法三〇条七項は、同条一項の規定を適用しない場合の要件(仕入税額控除の不適用要件)を定めたものではあるが、帳簿又は請求書等の保存は専ら事業者側の事情であるから、その反対解釈として、租税実体法上の仕入税額控除のための要件を定めたものと解すべきであり、本件のような更正処分取消訴訟においては、課税期間内に具体的に課税仕入れがあった事実に加えて、右の課税仕入れに係る同条八、九項所定の記載事項の要件を充たした帳簿又は請求書等を右訴訟の違法判断の基準時である更正処分時まで保存していた事実、又は災害その他やむを得ない事情によりその保存をすることができなかった事実を事業者が主張・立証したときに限り、仕入税額控除をすべきことになると解すべきである。そして、事業者の主張・立証責任に属する右の保存とは、具体的な要件事実としては、少なくとも原則的には、その文言どおり、事業者が、帳簿又は請求書等を所持・保管していたことを意味し、その期間については、法施行令五〇条一項、租税特別措置法、同法施行令により定められた保存期間の始期(以下「保存期間の始期」という。)からそれぞれ全期間に亘って所持・保管を継続することを意味すると解すべきである。従って、帳簿又は請求書等に該当する書面をそれぞれの保存の始期の後に事業者が取得したとしても、保存の要件を欠くことになるといわざるを得ない。ただし、右の帳簿又は請求書等が右の訴訟に書証として提出されて更正処分時にも存在したことが主張・立証されれば、通常、右の意味の保存の事実が事実上推認される場合が多いものと考えられる。

なお、原告は、仕入税額控除を認めないと実質的には二重課税となって法が定めるわが国の消費税の本来的性格に反するので、その要件としても、できるだけ課税仕入れの事実の立証の問題として扱うようにすべきであり、帳簿又は請求書等の保存の意味についてもこれを厳格に解すべきではないとの趣旨の主張もする。

しかし、原告が負担する消費税の納税義務は原告の行った課税取引により生じるものであって、仕入先の行った課税取引に係る消費税とはその原因を異にするもので、仕入税額を控除しなかったとしても、同一の原因による課税が重複するわけではないし、そもそも、仕入税額控除が認められない場合に生じる課税の累積は、前記の法の各規定からみても、当初から法の予定するところである。

3  次に、被告らの反論(事実摘示六の4)について検討する。

右の被告らの主張は、要するに、事業者から課税仕入れの事実が主張・立証され、しかも、それに係る帳簿又は請求書等を事業者が法令により定められた保存期間の始期から更正処分の当時まで継続して所持・保管していることが主張・立証された場合であっても、事業者が税務調査の際に右の帳簿又は請求書等の提示を拒否した事実がある以上、租税実体法上、仕入税額控除をすることはできないとするものである。

法五八条は、事業者は、政令で定めるところにより、帳簿を備え付けてこれに行った資産の譲渡等又は課税仕入れに関する事項を記録し、かつ当該帳簿を保存しなければならない旨を規定し、法三〇条一〇項の委任に基づく法施行令五〇条一項、租税特別措置法(平成四年法律第一四号による改正前のもの)八六条の四第二項、同法施行令(平成四年政令第八七号による改正前のもの)四六条の三は、仕入税額控除の適用を受けようとする個人事業者は、法三〇条七項所定の帳簿又は請求書等を整理し、当該請求書等についてはその受領した日の属する課税期間の翌年の三月三一日(法定申告期限)の翌日から七年間、これを納税地又はその取引に係る事務所、事業所その他これに準ずるものの所在地に保存しなければならない、と規定する。そして、法は、消費税について申告納税制度を採用しているが、前判示のとおり、法や法三〇条一〇項により委任された法施行令にも、申告の際に右の帳簿又は請求書等の添附や提示を事業者に求めた規定は存在せず(なお、その後の平成六年法律第一〇九号による改正によって、消費税法四五条五項に、申告書には、大蔵省令で定めるところにより課税仕入れ等の税額の明細その他の事項を記載した書類を添附しなければならないと規定されるに至った。)、他方、課税庁は、最も長い場合で、法定申告期限から七年を経過する日まで事業者に対して課税権限を行使することができる(通則法七〇条参照)。また、法六二条では、課税庁の職員は、消費税に関する調査について必要があるときは、事業者等に対し、質問し、又はその者の事業に関する帳簿書類その他の物件を検査することができるとし、法六八条では、右の質問検査に対して答弁せず、又は検査を拒み、妨げ若しくは忌避した者は一〇万円以下の罰金に処せられることとされている。

これらの各規定に照らすと、事業者が課税仕入れに係る帳簿又は請求書等を整理して前記の期間保存することを義務付けられ、しかも、その保存がない場合には仕入税額控除の適用を受けられないとした趣旨は、課税庁が課税仕入れに係る消費税額をこれらの書面から確認するためであり、課税庁としては、税務調査をした際に事業者から帳簿又は請求書等の提示を受けることによってはじめてその内容を認識できるもので、これらの帳簿又は請求書等が直接課税庁の判断資料となり得るのは、更正処分をする前の段階においては税務調査の機会以外あり得ない。また、法六二条、六八条の規定からは、事業者は、税務調査に協力し、整理して保存している帳簿又は請求書等を課税庁の職員の求めに応じて提示する義務も負っていると解される。そうすると、法が、保存を義務づけ、そのこと自体を税額控除の要件とした趣旨は、専ら課税庁が、その税務調査の際に、帳簿又は請求書等の資料によって更正や賦課決定をするかどうかの判断資料を得ることを想定していると解し得るとの見方もあり得るかもしれない。そして、これを前提にして、被告らの前記主張のようにこれらの書面の提示義務の違反を仕入税額控除の消極要件に結び付けることも、確かに、税務調査の際には納税者の協力が不可欠であると考えられることからも合理性があるというべきである。

しかしながら、保存という文言の通常の意味からしても、また、法全体の解釈からしても、税務調査の際に事業者が帳簿又は請求書等の提示を拒否したことを、法三〇条七項の保存がない場合に該当する、あるいはそれと同視した結果に結び付ける被告らの主張は、もはや法解釈の域を超えるものといわざるを得ない。

けだし、法三〇条七項、一〇項、法施行令五〇条一項が帳簿又は請求書等の保存を事業者に要求したのは、課税仕入れに係る消費税額の確認を行うためであるが、その確認の主体は、法でこの点に関する規定が置かれていない以上、課税庁のみに限られると解すべき根拠はなく、裁決庁もあり得るし、最終的には、取消訴訟等が係属する裁判所も当然に予定されているといわなければならない。仮に被告らの主張のように解すると、税務調査の際に帳簿又は請求書等の提示を事業者が拒絶した事実が主張・立証されると、その一事で、課税仕入れの事実の有無やそれに係る帳簿又は請求書等の所持・保管の事実について裁判所の司法判断を経ないまま、仕入税額控除が認められないことになるが、法三〇条一項や七項、それに法の他の規定からも、そのような法的効果を導く解釈を採ることは無理である。また、実体法上の課税要件は明確でなければならないところ、法三〇条七項は「保存しない場合」と規定しているのみで、その他法においても同条一〇項に基づく法施行令においても、通常の保存の文言どおりの意味を超えて課税庁側への提示が租税実体法上の効果に結び付くことを窺わせるような規定は一切存在しない。のみならず、税務調査の態様も様々であって、臨場や連絡が数回に亘ることもあり、提示の拒否と評価され得る態様もまた様々であって(本件においても、事実摘示六4の被告ら主張の事実関係において、どの時点で確定的に原告が提示を拒否したとして以後請求書等の原告の所持・保管の有無にかかわらず仕入税額控除が一切できなくなる法律効果が発生するのか、被告らの主張自体からも不明確である。)、単に、税務調査の際に提示を拒否したといっても、実体法上の課税要件としての具体的な要件事実としては甚だ明確性を欠くものといわざるを得ない。結局のところ、税務調査の際の事業者の手続上の義務違反を被告らの主張のように租税実体法上の消極的課税要件に結び付けるための法の規定が明らかに欠けているのである。

そして、当裁判所の右の判断のように解したとしても、事業者が税務調査の際に提示を拒否し、そのために課税庁が仕入税額控除の要件である課税仕入れに係る帳簿又は請求書等の保存の事実を認識できなければ、課税庁としては仕入税額控除はできないものとして更正処分等を当然にせざるを得ないものであり、事業者としては、その事態は甘受するほかない。むしろ、事業者は、そのような事態を避けるため自ら積極的に帳簿又は請求書等を課税庁に提示する場合も多いものと考えられる。これに対して、事業者は、何らかの理由で税務調査による検査を拒絶した場合には法六八条の罰則をもって対処されることがあり、実際には帳簿又は請求書等を所持・保管しており、仕入税額の控除を実現したい場合には、更正処分の後の異議申立て、審査請求、さらには更正処分取消訴訟を提起することによる負担を負うことになる。そして、右の各手続において右の帳簿又は請求書等であるとする書証が提出されて処分当時にそれらを事業者が所持・保管していたことを証明した場合には、異議庁、裁決庁それに裁判所は、提示を拒否したとの一事でもって仕入税額控除を否定するのではなく、提出された請求書等に該当するとされる書面を慎重に検討し、果たして法三〇条八項、九項所定の事項が記載されているのか、それを事業者が保存期間の始期から継続的に所持・保管していたのかどうか、そもそも、課税仕入れの事実があったのかどうかについて審理し、そのいずれもが肯定される場合には、仕入税額控除を認め、これを認めなかった更正処分を取り消す判断をすることになる。ただし、実際には、税務調査の際に課税庁が確認できなかった帳簿又は請求書等が後に提出されても、それが法三〇条八項、九項所定の要件や所持・保管の要件を充たさないと判断されたり、課税仕入れの事実自体が認めるに足りないと判断されて、結局、仕入税額控除が認められない場合もあり得る。以上のような結果は、決して不合理とは考えられない。ましてや、このような結果をもって著しく不合理な結果として法解釈としても何としても避けるべきものであるとまでは到底考えられない。

なお、被告らは、青色申告の承認取消しの要件の判断として、青色申告者が備付けを義務付けられている帳簿書類について税務調査の際に提示を求められたにもかかわらずこれを拒否した場合には、所得税法一五〇条一項一号や法人税法一二七条一項一号所定の右要件である帳簿書類の備付け、記録又は保存が大蔵省令で定めるところに従って行われていない場合に該当するとの判断が下級審の裁判例であることを挙げる。しかし、そもそも、青色申告の承認の取消によりその特典がなくなるという法律効果と消費税における仕入税額控除が受けられないとの法律効果は異なるし、右の場合が青色申告の承認の取消し事由に該当しないとすると、課税庁としては、帳簿の内容を認識できないため帳簿の内容に基づく更正処分をすることも(所得税法一五五条、法人税法一三〇条)、推計課税をすることもできなくなる(所得税法一五六条、法人税法一三一条)という不合理な結果となるのに対し、事業者が課税仕入れに係る帳簿又は請求書等を税務調査の際に提示しない場合には、前判示のとおり、課税庁としては仕入税額控除を否認して更正処分をせざるを得なくなるだけである点が異なる。いずれにしても、両者を同一に論じることはできない。

被告らの反論(事実摘示六の4)は採用することができない。

4  本件においては、課税仕入①ないし⑥に係る法三〇条八項の帳簿を保存していたとの原告の主張はないので、以上の判断の下に、課税仕入①ないし⑥の事実があったかどうか、そして、本件請求書等が課税仕入①ないし⑥に係る法三〇条九項所定の請求書等に該当するかどうか、その所持・保管があったのかどうかについて検討する。

ところで、法三〇条九項一号は、同条七項の請求書等とは、事業者に対し課税資産の譲渡等を行う他の事業者が、当該課税資産の譲渡等につき当該事業者に交付する請求書、納品書その他これらに類する書類で、(イ)書類の作成者の氏名又は名称、(ロ)課税資産の譲渡等を行った年月日(課税期間の範囲内で一定の期間内に行った課税資産の譲渡等につきまとめて当該書類を作成する場合には、当該一定の期間)、(ハ)課税資産の譲渡等に係る資産又は役務の内容、(ニ)課税資産の譲渡等の対価の額(当該課税資産の譲渡等に係る消費税額に相当する額がある場合には、当該相当する額を含む。)、(ホ)書類の交付を受ける当該事業者の氏名又は名称、以上の各事項(以下「法定事項」という。)が記載されているものをいうと規定する。この法定事項は、課税仕入れに係る適正かつ正確な消費税額を容易に把握し、真に課税仕入れが存在するかどうかを確認するために必要な事項として定めたものであり、法施行令附則一四条の規定に照らしても、そのうち一つでも完全な記載を欠くならば本来は請求書等に該当しないといわなければならない。もっとも、その記載事項の内容は、他の資料によってその内容が明確に特定される場合もあり得るし、常に右請求書等に該当する一つの書面だけにすべての法定事項が完全に記載されていなくても、他の書類によって法定事項が補完される場合もあり得ると解する余地もあるが、そのように解するとしても、右の趣旨からすると、少なくとも、補完するための右の書類も請求書等と同様に事業者の相手方が作成したものであり、かつ、法定の保存期間の始期から継続して保存(所持・保管という通常の意味)している必要があるというべきであり、保存期間の始期の後に事業者が課税仕入れの相手方からその作成に係る右の保管のための書類を取得し、以後これを所持・保管していても、全期間に亘る継続した所持・保管の要件を欠くというべきである。そして、本件においては、保存期間の始期は、法施行令五〇条一項、租税特別措置法(平成四年法律第一四号による改正前のもの)八六条の四第二項、同法施行令(平成四年政令第八七号による改正前のもの)四六条の三により、平成四年四月一日となる。

この点に関し、原告は、法が取引慣行および納税者の事務負担に極力配慮してインボイス方式ではなく帳簿方式を採用したこと、簡易課税制度を採用したことなどを指摘し、請求書等の保存の要件は、これらの書面のほか、他の補助資料や商慣習によって課税仕入れのあることが認識できれば充足していると解すべきであり、補完のための資料は必ずしも保存している必要はないとも主張する。しかし、原告が指摘する点は、いずれも法定事項の記載の要件を緩和する根拠とすることはできず、原告の右主張は採用することはできない。

以下、右の判断の下に、原告が主張する課税仕入①ないし⑥について、順次検討する。

(一)  課税仕入①について

甲第一号証、第一九号証、第三八号証、第四六ないし第四八号証、検甲第一号証、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告は、平成三年一二月四日ころ、株式会社南海スズキから業務用の自動車を特別仕様や付属品とともにこれらの対価も含めた代金合計五九万四〇〇〇円で購入し、納車や自動車の登録手続の代行の手続を委託したが、この中には、法においては非課税とされている自動車税および自動車取得税に関する証紙の譲渡(法六条、別表第一の四項ロ)及び保険料を対価とする役務の提供(法六条、別表第一の三項)も含まれていることが認められる。

そして、甲第一号証は、株式会社南海スズキ作成にかかる領収証であるが、これには、領収金額の合計金額五九万四〇〇〇円の記載があるだけで、「登録諸費用」「新車代金」の欄があるのに同欄は空白であり、その対価の内訳の明細についても何らの記載もない。この領収証の記載からは、領収金額の右の合計額の中の右の非課税部分の対価、そして購入した右自動車の対価の額については全く不明である。そうすると、甲第一号証は、(ニ)の課税資産の譲渡等の対価の額についての記載を欠くというほかない。

次に、甲第四七号証は、株式会社南海スズキ作成の報告書(営業所控)であり、法定事項も記載されているものではあるが、保存期間の始期である平成四年四月一日から原告がこれを所持・保管していたことを認めるに足りる証拠はない。右甲号証は、本来は、同社が所持しているものであり、その体裁から、原告は、右報告書の写しに平成一〇年四月一〇日付けで同社の証明文言を記載してもらい、当裁判所に提出したものであることが明らかである。また、甲第一九号証、第四六号証、第四八号証、検甲第一号証の各書面の記載をもってしても、前記の記載事項が欠けたことを補完することはできず、他に、原告が甲第一号証の領収証の記載を補完すべき書類を保存期間の始期から所持・保管していたことを認めるに足りる証拠はない。なお、自動車の購入に際しては、甲第四七号証と一緒に綴られ、複写によって同様の文字が記載された注文書(控)又はお客様控えなどと題する書類の交付を受けることが多いが、本件においては、このような書類の提出さえもない。

そうすると、甲第一号証の領収証は、課税仕入①に係る請求書等として法定事項の記載を欠いたものであって、他の書面でそれを補完できるとの見解に立つとしても、その書面の所持・保管は認められない。

(二)  課税仕入②について

甲第二号証、第二一号証、第三八号証及び弁論の全趣旨によると、原告は、西尾石油から事業に用いていた自動車に給油するためのガソリン、バッテリー液、ウォッシャー液等を購入し、その代金として平成三年二月六日に西尾石油に代金二万〇五一二円を支払ったこと、しかし、右代金の中には、少なくとも、本件課税期間外の平成四年一月に購入したガソリン代金等も含まれていることが認められる。

そして、甲第二号証は、その際、西尾石油が原告に交付した領収証であるが、右領収証には本件課税期間内に行われたガソリンの購入だけでなく、期間外の取引による代金やガソリン以外の取引等も併せた領収金額の総額の記載があるだけで、他に購入物品の名称や購入年月日に関する記載はなく、この領収証の記載から、課税仕入②がどのような資産の譲渡であるのかについての(ハ)の資産の内容が明らかでないばかりか、購入年月日又は多数回にわたって購入した場合の一定の期間の記載もなく、(ロ)の譲渡を行った年月日も明らかではなく、さらには、(ニ)の課税資産の譲渡等の対価の額も明らかであるということはできない。

更に、甲第二一号証は、西尾石油作成の得意先元帳であり、原告は、何らかの機会に西尾石油からその写しの交付を受けて本件訴訟に提出したものと推察されるが、原告は右甲号証をいつ、どのような機会に西尾石油から取得したのか不明であって、結局、原告が同号証を保存期間の始期である平成四年四月一日から所持・保管していたことを認めるに足りる証拠はない。右甲号証をもって甲第二号証の領収証の記載を補完できるとの見解に立つとしても、その保存があったとはいえない。

したがって、甲第二号証の領収証は、課税仕入②に係る請求書等としての法定事項の記載を欠くものである。

(三)  課税仕入③について

甲第三ないし第六号証、第三八号証、検甲第二ないし第四号証によれば、原告は、本件課税期間中、藤井弘巳から業務用の倉庫として使用するためのガレージを月額一万五〇〇〇円で賃借していたこと、原告は、その賃料として藤井弘巳に平成三年二月六日、三月六日、四月三日に各一万五〇〇〇円を振込送金したことが認められる。

そして、甲第四ないし第六号証は、受取人を「和商不動産高井良和」、依頼人を原告とする幸福銀行の作成に係る原告宛の振込金受取書である。このような振込金受取書は、事業者の課税仕入れの相手方が作成した書面ではないが、振込先への送金については信用性の高い確実な証拠となり得る書面であること、また、賃料の支払のような場合は、相手方から請求書が交付されることもなく、また、事後に領収証が発行されることもないことが多いのが実情であることに照すと、右各甲号証は、法三〇条九項所定の「その他これに類する書面」に該当すると解すべきである。しかし、このように解したとしても、右各甲号証には、送金に係る金員が何の対価たる性質を有するか、すなわち、(ハ)の課税仕入れに係る資産又は役務の内容の記載を欠いていることは明らかであり、(ロ)の資産の譲渡等を行った日も右各甲号証自体からは不明である。

次に、甲第三号証は、本件課税期間の後である平成四年一月に作成された右ガレージの平成四年二月一日以降の期間に亘る賃料月額を一万六〇〇〇円とする賃貸借契約書であるが、本件課税期間についての契約書ではなく、しかも、本件課税期間中の賃貸やその賃料についての明確な記載もないから、これをもって、甲第四ないし第六号証の記載を補完することもできない。

そうすると、法定事項の記載がないことを他の資料により補完し得るとの立場を採ったとしても、甲第四ないし第六号証を請求書等に該当するとすることはできない。

(四)  課税仕入④について

甲第八、九号証、甲第三八号証及び弁論の全趣旨によれば、原告は、佐々木電業株式会社から、原告の業務に使用する工具、作業服を購入し、平成三年一月三一日その代金として一七万〇四二三円を、同じく工具及びヘルメット、作業着を購入し、同年二月二八日、その代金として二七万一〇七三円をそれぞれ原告の同社に対する請負代金債権と相殺して決算したことが認められる。

そして、甲第八、九号証は、佐々木電業が、原告に交付した領収証であり、右領収証には、「服」、「工具」、「ヘルメット」、「作業着」など一般的な総称で譲渡に係る資産の内容が記載され、その資産の対価の合計額が記載されているものの、それぞれの資産の譲渡の日又は資産の譲渡がされた一定の期間についての記載はなく、(ロ)の資産の譲渡を行った年月日についての記載を欠くもので、甲第八号証については、その日付が平成三年一月三一日となっていることもあり、そもそも本件課税期間内に行われた資産の譲渡についてのものかどうかさえも不明である。

そうすると、甲第八、九号証は、課税仕入④に係る請求書等としての法定事項の記載を欠いたものである。

(五)  課税仕入⑤について

甲第一〇号証の一、二、第一一ないし第一五号証、第一六号証の一、二、甲第三八号証によれば、原告は、株式会社日本電商から本件課税期間中にモンキ、ドライバー等の業務用の工具や資材を購入し、その代金は、少なくとも合計一二〇万二一七五円であったことが認められる。

そして、甲第一〇号証の一、第一一ないし第一五号証、第一六号証の一は、資材の譲渡を行う株式会社日本電商が原告に交付した請求書であり、譲渡に係る資産の内容が商品コード番号、記号又は商品名で記載され(なお、消費税法基本通達一一―六―一参照)、各資産毎に「納品書年月日」、「数量」、「単価」、「金額」等が記載されており、法定事項がすべて記載されていると解される。

そして、右甲号各証は、その記載内容、体裁からもそれぞれ記載された日付のころ原告に交付されたものと考えられ、特にこれに反する事情を窺わせる証拠はない。そうすると、課税仕入⑤の事実は認めることができ、かつ、原告は、それに係る請求書等である右各甲号証を、平成四年四月一日以降本件更正処分時まで所持・保管していたものと認められる。

(六)  課税仕入⑥について

甲第三二ないし第三六号証、第三八号証及び弁論の全趣旨によれば、原告は、その業務の一部を稲田電工に外注に出し、「金剛東分」の工事の代金として平成三年二月二日に二五〇万円、同年三月二〇日に二二五万円を稲田電工へ支払ったことが認められる。

そして、甲第三二ないし第三五号証は、稲田電工が原告に交付した請求書及び領収証であるが、右各書面には、品名として「金剛東分」との記載があるだけで、他に、右請求又は領収に係る金員が具体的に何の対価であるのかを明らかにするに足りる記載や、その資産の譲渡の日又は資産の譲渡がされた一定の期間についての記載はなく、(ハ)の譲渡に係る資産の内容及び(ロ)の資産の譲渡を行った日の記載を欠く。なお、甲第三六号証の佐々木電業株式会社名義の請求書は、事業者の相手方が作成した書面ではないし、また、その内容にも、稲田電工の右請求書又は領収書の記載を補完するに足りる記載はない。

そうすると、甲第三二ないし第三五号証の請求書及び領収証は、課税仕入⑥に係る請求書等として法定事項の記載を欠いたものというほかない。

(七)  まとめ

原告の本件課税期間の消費税については、仕入税額控除として課税仕入⑤に係る消費税額として三万四四一九円(原告主張額)を控除すべきである。課税仕入①ないし④及び⑥については、仕入税額控除の要件は認められない。

三1  以上のとおりであるから、原告の納付すべき消費税額は、原告の課税標準額に対する消費税額である一四五万五六〇〇円から、課税仕入⑤に係る消費税額として前記三万四四一九円及び限界控除税額である五五万六九六五円を控除した八六万四二〇〇円になるというべきであり(一〇〇円未満の端数の切捨てについては通則法一一九条一項)、この範囲内でされた本件更正処分は適法である。

2  また、前記争いのない事実によれば、本件課税期間に係る消費税の確定申告書の提出期限は平成四年三月三一日であるところ(法四五条、租税特別措置法八六条の五第一項)、原告が本件課税期間に係る消費税の確定申告書を提出したのは、平成四年一〇月五日であり、原告が消費税の確定申告期限内に確定申告書を提出しなかったことは明らかであり、原告が期限内に申告書を提出しなかったことについて、通則法六六条一項ただし書きに規定する「正当な理由」があると認めるに足りる証拠もない。

そうすると、本件更正処分に基づいてされた本件賦課決定処分も適法である。

3  本件裁決については、本件更正処分及び本件賦課決定処分は前判示のとおり適法であり、本件裁決に至る審査請求の手続にも違法がないと認められるから、いずれにしても、右両処分についての審査請求を棄却した本件裁決は適法である。なお、原告が主張する本件裁決の違法事由は、本件更正処分が、その処分時においては課税庁側が帳簿又は請求書等の保存が確認できなかったものとして仮に適法であるとしても、被告審判所長は、裁決時には右保存を確認できたから、その意味で裁決固有の違法事由があるとの趣旨にも解されるが、裁決庁である被告審判所長は、本件更正処分及び本件賦課決定処分が客観的に違法かどうかを右各処分の処分時において判断すべきであるから、右の趣旨の主張としても、結局、裁決固有の瑕疵(行訴法一〇条二項参照)の主張には当たらず、主張自体理由がない。

四  以上のとおりであって、原告の請求はいずれも理由がないから、主文のとおり判決することにし、訴訟費用の負担について、行訴法七条、民訴法六一条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官八木良一 裁判官北川和郎 裁判官和田典子)

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